第19回日本クラブユースサッカー選手権を終えて
北信越クラブユースサッカー連盟
野田 一郎
8月14日からはじまった予選リーグ いきなり全国の舞台で北信越の3チームは70分ゲームを体験することになりました。そうしたなかで全体で伸びた60分すぎの10分間でのつまらない失点等
北信越勢は1勝8敗 得点 3 失点 43 という結果で予選リーグを敗退しました。
この結果から北信越連盟として、もう少しいろいろと準備出来ることがあったかな と感じる部分も
ありました。
今回いろいろなゲームを見ながらこのレポートを書くにあたり、いったいどこに原因があるのか?
なかなか感覚に感じる事ができなくて、またその感じた事をどう伝えていけばいいのか等
いろいろなことをうまくとらえだすことができませんでした。
ですから、今回のレポートはそんななか暗中模索しながら考えたことを報告させてもらいたいと思います。
では北信越のチームが自分達の力をだせなかった、ださせてもらえなかった一番の原因はどこにあった
のか?考えてみました。多分それはサッカーというスポーツの根本的なところまで掘り下げて考えてみない
とその原因をさぐることはむずかしいようです。
サッカーとはなにか?ゲームの本質とはいったいどのようなことなのか?というサッカーの原点を
もういちど見つめ直してみましょう。そこで出てきたことをきちんと考えてみて整理することで、北信越
のサッカーに必要な要素が見えてくるように思えます。
多分、その中にはきっと大切なことが潜んでいて、その事が欠落してしまったのか 忘れ去られて
しまったのかはわかりませんが、北信越のチームにとって日々のトレーニングやゲームをするための幹の
部分になるものを発見するか思い出して再発見することになるかもしれません。
これらのことは去年の大会から引きずって感じていたのですが、今年の大会のゲームを見てより強く
感じるようになりました。
多分 この問題は全国大会に出場した大部分のチームにもあてはまるかもしれません・・・
なぜかといいますと 去年の大会あたりから ‘ ゲームがおもしろくないよね ’という言葉が会場の中
で聞かれるようになりました。
そしてこの言葉のなかには、たぶん現在の3種年代(育成期)のサッカーが抱えている指導の問題や
指導者のおかれている環境等いろいろな問題が迷路のように複雑にからみあってこの年代のサッカーに微妙
に影響をあたえてしまっているのかもしれません。
ですから日々指導している指導者のサッカーにたいする姿勢や考えかた また チームのコンセプトなど
の環境などが、この年代の選手の未来に多大な影響をおよぼしてしまう そんな成長時期に私達指導者は
選手とかかわりあっています。ですから指導するにあたって自己満足の世界ではなく、広く自由な発想を
もちながらサッカーと歩んでいくことが大切になってくるとおもいます。
そのためには それを可能にする自分を磨きあげなていかないとむずかしいかもしれません。
なんか優柔不断なんだけど、しっかりとした芯を持っている! そんなコーチを目指してみませんか!
それではいくつか全国大会を観戦しながら感じたことを書きながら、一緒に考えていきたいとおもいます。
全国大会を観ながら、その前にあったローカルの少年の大会の光景が目に浮かんで来ました。
その大会は小学生の低学年と小学生高学年のカテゴリーのゲームが組まれていて、低学年と高学年が交互に
1試合ずつゲームをするのですが、見ていてふっと気がつくことがありました。それはどうみても
低学年のゲームのほうがおもしろいのです。
みなさんC級やD級指導者養成の講習会の中ではじめてサッカーをする子供たちは
団子状態になってしまう・・・という話を耳にしたことがあると思います。この低学年のゲームは
もちろん団子状態なのですが、見ていて高学年のゲームよりサッカーを感じてしまうのです。
サッカーを知っている子供たちのゲームより、サッカーを知らない子供たちのゲームのほうが
サッカーらしい と思ってしまうのはどうしてでしょうか?
みなさんはこの団子の状態のサッカーをどう思いますか?どのようにとらえますか?
そしてこの団子の状態はサッカーといえるのでしょうか?いえないのでしょうか?
さぁ どうでしょう?この団子の状態をイメージしてみてください。
そして視点を変えて考えてみると、ボールひとつに選手みんなが集まって追いかけているという状態から
何かを感じとれませんか? そしてその低学年のゲームが何かと重なってきませんか?
全員がボールを狙いそして全員がゴールを目指してプレーしている姿は、クオーターエリア(せまい)の
中で22人がそれぞれの状況にあった動きをしている世界の一流のサッカーと同じような状況だと
おもえませんか。もちろんプレーの質に違いはありますけど、この団子の状態のサッカーは、
参加している選手全員がボールにたいして連動していると考えられないでしょうか!!
またこんな事もありました。もちろん低学年のゲームです。そのチームはとっても弱くていつも敗れて
ばかり、そんなチームがあるゲームで、ボールをもったらどうしてもゴールまでいってシュートしたいと
思っている選手がいました。この選手がなんとこのゲームでハーフェ−ラインからあれよあれよ と
ドリブルで相手を抜き去りゴールまでいってシュートを決めてしまいました。
しばらくしたらその選手が気をよくしたのか?ひとり・ふたりと相手を抜いていき、またシュートを
決めてしまいました。
そして直後の相手のキックオフのときに何を思ったのでしょうか?
センターサークルのまわりに選手が全員並んでキックオフのボールをねらっているではないですか。
このプレーはドリブル好きな子供が相手を何人も抜いてゴールをした。それをみたチームメイトが
おれたちにもあいつみたいにプレーすれば、ゴールすることができる。相手を抜いていけばゴールする
ことができるんだ! ぼくもぼくもやってみたい と感じたためにおきた現象みたいです。
でもそんな中にひとりだけ 守備を考えて守る選手がいたらそれもすごいことですよね。
みなさんはこの一連のプレーをどうおもいますか? あなたはこの子供たちのプレーにほれてしまう派
それとも、ちょっとなぁ− そんなのサッカーじゃないよなぁ と思い修正する派ですか。
でもこれってサッカーの本質・・・ と思いますがどうでしょうか。
その前にちょっと・・・
高学年のゲームを観ましたが、サッカーをはじめたばかりの小学校4年生低学年以下のゲームは
ボールの移動とともに選手全員が動いていて、観ていてほんとうに楽しいものでした。
ところが高学年5・6年生のゲームを見ていると、ポジションにはついているのですがなんだか動きも
少なく、プレーしているのかいないのかわからない という選手がけっこう目につきました。
これは、いったいどうしたことでしょうか。
低学年のときはたくさん動いてゴールを意識していた子供たちが、サッカーをするにしたがって
動きの量と質が低下してしまう。そしてゲームに参加しているのか していないのかわからないという
状況がおきてしまう。
でも 僕の見た感じでは動かないのではなく、動けなくなっている?どうプレーしたらいいのか
わからないという感じを受けました。でも小学生低学年の子供たちよりまちがいなくサッカーに関わって
いる時間が長いのに、選手は動きが少なくなって プレーしているのかいないのかわからない という
状況がおこっています。
ではなぜこんなことになっていってしまうのでしょうか。 そしてこの原因はいったいどこにあるので
でょうか? みなさんも考えてみませんか。
小学生の低学年のときはむじゃきにサッカーをして楽しんでいるのに、どうしてサッカーに関わって
プレーしていくうちに選手はなにかに束縛されるかのように、無難にプレーをするようになっていって
しまうのでしょうか。
たぶんこの原因は選手側の問題でなく、指導者側にこの原因の問題が隠されていると思います。
そしてこのことは、サッカーを指導するにあたって重要となる大切な要素のひとつになるのではないで
しょうか。
ぜひみなさんももう一度いろいろな角度からサッカーを考えてみませんか
全国大会に参加するチームはその年によりばらつきがあります。でも街クラブを含め、間違いなく地域
格差の減少とレベルは向上してきているとおもいます。しかしこの年代は、個々・チーム力に非常に差が
あり、能力向上のためのトレーニングにはチームごとの工夫がありばらつきがあることでしょう。
でも「いつ、一番輝く選手を目指すのか」という事で考えていくと、この年代は間違いなくそこへ至る
課程であります。
そしていつほんとうの勝利をつかむのか? それはジュニアの時代でしょうか。それともジュニアユース
もしかしたらユース・大学? いったいほんとうの勝利とは何でしょうか。
それはどこにあるのでしょうか。どこに置けばいいのでしょうか。
ゲームの勝敗を決定づけるものは、不確定な要素です。いくら力の差・技術の差があったとしても
100%ゲームに勝てるとはかぎらないでしょう。でもそれがサッカーなのです。
しかし残念なのは、ここ数年の全国大会を見ていると、「勝負」を重要視するあまり、リスクを負わない
プレーが多く見受けられます。
このことが ‘ ゲームがおもしろくないよね ’と言われる原因のひとつになっているのではないで
しょうか。それは勝利至上主義・勝利=評価 という価値観がまだまだ強いからかもしれません。
でもこの価値観をつくっているのは、きっと大人の問題でしょうね。
今年の全国大会では北信越勢は、大量失点もしました。 得点はなかなかとれませんでした。
でもそれはある程度しかたのない部分かもしれません。
そこでちょっと考えてほしいのは0−1や0−2の敗戦も 0−8の敗戦も結果として負けは負けに
なります。でも、その敗戦には得点結果という数字にはあらわれることのないものがふくまれているように
思えます。
例えばみなさんならは0−1で負けているときに、どうしますか?そのまま時間が過ぎ去るのを待ち
ますか!それとも逆転するために勝負しますか。
勝負するためにはある程度の危険はおかさないといけません。このまま0−1のゲームをすすめたほうが
安全で、うまくすればそんななかからゴールがうまれるかもしれません。石橋をたたいても渡らない
安全なゲームですよね。
でも自分たちで積極的に流れをつかもうとすればどこかで無理をしないと流れをかえることはできないので、
そのトライが成功すればナイスゲームになります。しかし、戦いを挑んで逆に2点目をとられて敗れて
しまうこともあるでしょう。さらにチャレンジをつづけていって、大量失点をして大敗をしてしまうことも
充分考えられます。
みなさんならこの0−1と0−8 の敗戦をどのようにとらえますか!! そしてどのように評価しますか!!
得点結果だけをみれば0−1のや0−2の敗戦と0−8の敗戦ではあまりにも違いがあります。しかし
内容をみてみると0−8の敗戦のゲームのほうが見るべきところが多く、楽しいゲームという場合も
あると思います。
ですから得点だけでそのチームのゲームを評価するのはむずかしいのではないでしょうか。得点に
あらわすことができないものが、サッカーのゲームにはたくさんあります。そして大切なのは選手や
指導者がそのゲームをどうとらえ実践しようとしているのか を理解しておかないとその評価は
ぜんぜん違うものになってしまうおそれがあります。
ですから今回北信越勢の現状をどう伝えるべきかかなりむずかしいものになりました。僕の考えと
共有する部分がおおければ、理解できるところが多くなりますが、僕のような感覚でないひとには
何を言っているんだ! という部分が多くなってしまうことでしょう。ですからそのなかで個人差が
ありますので、 何%でもかまいませんがそれなりに感じてもらえればと思っています。
でも北信越のチームにひとついえることは 選手のゲームセンス・プレーのセンス等をふくめた
サッカーそのものの考えかた・とらえかたに他の地域と違いがあるように感じています。
ひとことで言えばゲームそのものの考えかたすすめかた等の質がずれているような感じなのですが・・・・
感覚でいうと イメージ そして そこからみえる視点 そしてプレーの選択 などの回路と
技術の組み合わせなどが、なんか違和感があって違う感じがします。
これらのこともあり、全国レベルの大会でうまくいかないのかなと感じています。
最後に全国大会に参加した3チームは悔いのないゲームをできたでしょうか。もし、くやしい思いが
あるのでしたら、是非自分のプレーやいろいろなことを自己分析して次につなげてみてください。
そしてそれを力にしてステップアップしていってください。
でも僕は個人的には毎試合大量失点して負けましたが、長岡ビルボードの監督藤田さんの姿がとても
印象的でした。表情やしぐさ等に熱いものを感じていました。
ゲーム中にはゲームがうまくいかない現実とそのことにたいしてあきらめきれずにどうにかしよう!! と
最後まであきらめずに全力で選手を支えている姿。そしてゲーム終了後のそのゲームの評価を考えながら
選手をベンチにむかえる姿。 また選手がかたずけをしている姿をみながら次のゲームにむけてどうしよう
かぼうぜんとしながら悩み迷いながらそれでもどうにかしよう!! あきらめきれないがどうにもならない
現実とギャップに迷い苦悩しながら最後までもがいている姿が、人間として指導者として素敵な感じで
共感をおぼえました。
その姿をみているときに思ったのですが、この全国大会でもそうですがどれだけの指導者が選手の
視点にたって選手のプレーをみているのか ときにはベンチから指示をしたりしていますが、
それが選手の立場でなく、指導者の自己満足になっていないか すごく気になるようになりました。
みなさんは練習やゲームでどれだけ選手の目線にたって プレーをみていますか!!
みなさんは練習やゲームでどれだけ選手の目線にたって プレーをみることができますか!!
是非あすから、そんな感性でゲームを選手のプレーをみてあげてください。
来年、今年と同じような結果になるかもしれません。
それでも、最後までフィールドの選手もベンチもあきらめないでサッカーをしてほしいと願っています。
そしてどんなときでもゴールを目指し、ゴールを守ってほしいと思っています。